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ジャカルタのビル郡
2008.10.19 Sunday | インドネシア*物・mono
インドネシアというとバリ島を思い出すか、ジャングル?のイメージなのか・・・
ジャカルタがどういうところか、新旧、表も裏も私が見たものを少しずつUPするね
まだ車で移動するばかりでなかなか写真が撮れないんだけど…
↓圧倒されるのは高層ビル群。これは高速から見た「クラパガディン」というエリア。
ぜーんぶアパートメントです。住んでない部屋も多そうだけど。
↓こちらは「メガ クニンガン」というエリア。いろんなところに巨大シッピングモールがあって、田舎育ちなので人に酔ってしまう…
インドネシアのお父さん
2008.10.18 Saturday | ジャカルタ日々のこと
朝からお父さんに会いに行ってきた。
お父さんは今年で82歳。80歳になる妹(叔母さん)の家に住んでいるんだけど、この2人は性格は水と油のよう。。。
お父さんはしっかりものでちゃきちゃき世話焼き、叔母さんはのんびり屋で超マイペース。
この日は近所に住むお父さんの一番下の弟になる叔父さん夫婦と、隣に住む彼の従兄弟たちも集まっていた。
従兄弟の義理のお姉さんは、なんと40年も前に日本人と結婚して東京に住んでいる。
お父さんと叔母さんはまだ少し日本語を覚えている。
(お父さんたちは、若い頃日本軍が作った第●小学校(今の中学校)に通っていた)
そして40年以上前に出張で日本に何度か来ているお父さん。久しぶりに私が来るので、前回探していたすごく古い昔の京都のパンフレットをアルバムから出して見せてくれたり。
わたしのわかりやすい話題でリラックスさせてくれた。
お父さんの家は40分くらいのところだけど、いつでも待ってるからおいでと言ってくれた。
彼とけんかをしたときはすぐに来い、とも
日本からひとりで来ている私をとても気遣ってくれて、久しぶりの再開に時間が過ぎるのが早かったよ。
みんなが矢継ぎ早に自分の話したいこと、聞きたいことを言っているのでのんびり屋の叔母さんは自分の話を切り出すタイミングを見計らっていたみたいで・・・・・・
一瞬、しーんとなったときに突然、日本語で
「モモタロウ」
えっ・・・・・・
みんな叔母さんに釘付け
まわりのことは気にもせず、
「むかしむかしおじーさんとおばーさん・・・・・・おばーさんは川へ・・・・・・」
と、ここまで来たところでお父さんが「また始まったぞ!」と言って話しに割って入ったので叔母さんは続けられなくなりそのままのポーズで固まっていた。
みんなが他の話を始めると、間の人を飛び越えて私に「He is Oji-san.」 「I'm Oba-san.」と言ったかと思うと今度は「ピアノが聞きたいわね」と言ってピアノを指差して、彼に「Play for us!」と。
叔父さんが、ボケてるわけではないから安心して。マイペースなだけだから。。。とフォローしてくれるものの1年前よりずっとずっと話を飛ばしてくれるんですが。
でも、みんなまたか~とうんざりしているようだけど、いつも私の手を握ってゆっくりした口調でいろんな話をしてくれる叔母さんは大好き。
お父さんも、とてもとても気遣ってくれて、とてもやさしい。
お父さんや叔母さん、隣に住む従兄弟と会うのは2回目だったので気も楽だった。
お父さんの兄弟はみんな英語が話せるけど、はやくインドネシア語も覚えてうまくお付き合いしていけるといいな。
渡インドネシア
2008.10.16 Thursday | わたしのこと
家族や親戚、友人・・・たくさんの人と離れる寂しさや、とくに両親の気持ちを思うと辛くなるけれど、心配をかけたり、応援してもらったりとたくさんの人に支えられていることを忘れないでこれからインドネシアでしっかり生活して、日本に行くときはいっぱいの笑顔でみんなに会いにいこうと思った。
さて、、、
出発の日は友達から朝からたくさん励ましメールをもらったり、電話をもらったり・・・
それまで絶対に泣かなかった母は声を詰まらせて涙をこらえて駐車場まで送ってくれ、父はこちらを一度も見ることができなかったけど「いってらっしゃい」と言ってくれた。
朝早くに起きて空港まで送ってくれた妹、姪っ子、平日なのに早くから空港に来てくれた友人たちに見送られて出発。
座席から知多半島側が見えて離れるときは涙が出てしまった。。。
香港経由のキャセイだったので、香港でしばらく時間をつぶして、ついに香港からジャカルタへ…!
なんとエコノミーのダブルブッキングでビジネスに変更

しかも窓側で隣はいないし、出足好調

じつは初めてのビジネスクラス、こんなにサービスがちがうのか・・・

ジャカルタに到着して、イミグレで入国審査を待っていたときのこと。
私のずいぶん前からイミグレを通してもらえずなにやらゴネている女の人がいた。でも係官は次の人をどんどん通している。私の番になったとき、彼女が私も中国人かと聞いてきたので日本人だと答えるとあ~あ~と言って、手に持っていたお金を係官に差し出して何か言っている……
係官は彼女のパスポートを開いて「だから、これじゃダメだって」と。
こんなところでもゴネる・・・というかなぜいつまでも通せない人をそこにおいておくのかね。
これもまた日本じゃないんだ~と感じるところだわ
数日前から雨が降っていたようで、空港の外に出てもあまり暑くなくてちょうどすごしやすい気温だった。
彼の顔を見たら、また日本の家族のことを思い出して
